【公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞】

テーマ:�@働くことを考えるきっかけと気づき
向かい側から、隣へ
東京都  KY 35歳


 胸の奥に、小さなアラームが鳴ることがある。
 仕事のことを考えた瞬間、理由を言葉にする前に、身体のほうが先に反応する。落ち着かない。何かに追われている気がする。まだ何も起きていないのに、もう疲れている。
 社会人になってから、私はその感覚と長く付き合ってきた。
 休日、家族や友人と過ごしていても、頭の片隅に仕事が入り込む。日曜日の夕方が近づくと、心の中の時計だけが妙に速く進む。せっかくの休みだから有意義に過ごそうと思っていたはずなのに、気づけばソファに沈み込み、スマートフォンの画面を意味もなく眺めている。
 何かをしているようで、何もしていない。休んでいるようで、休めていない。
 そして月曜日が来る。考える余白もないまま一週間が始まり、目の前の仕事をこなす。気づけば金曜日になり、また同じ週末が来る。その繰り返しの中で、私は仕事とはそういうものだと思っていた。
 お客さまと向き合う。自分の目標がある。組織として求められていることがある。だから、それを相手に伝える。お願いする。理解してもらおうとする。
 しかし、お客さまにも事情がある。お客さまの会社にも守るべきものがある。こちらの都合だけで動けるはずがない。こちらが差し出したものは、当然のように押し返される。
 そのたびに、私は少しずつ消耗していた。
 今思えば、私はお客さまと「向かい合って」いたのだと思う。机を挟んで、こちら側とあちら側に分かれていた。会話をしているようで、どこかで綱引きをしていた。
 そんなある日、本当に力になりたいと思うお客さまに出会った。
 その会社が抱えている課題は、数字や資料だけでは片付けられないものだった。ここで道を間違えれば、その先にいる多くの人が困ることが目に見えていた。
 そのとき私は、初めて机の向こう側に立つことをやめた。
 お客さまの隣に座るつもりで考えた。相手の会社の事情、現場の痛み、守りたいものを、自分のこととして受け止めた。そのうえで、自分の組織に何をどう伝えればよいのかを考えた。
 もちろん簡単ではなかった。自分の組織にも譲れない考えがある。守るべきルールがある。だからこそ、お客さまの希望をそのまま通すのではなく、双方が納得できるぎりぎりの着地点を探した。
 何度も考え、何度も説明し、資料も作り直した。お客さまにも率直に伝え、自分の組織にも真正面から向き合った。
 数か月後、ようやく一つの答えにたどり着いた。誰か一人が勝ったわけではない。誰か一人が我慢したわけでもない。お客さまも、自分の組織も、前に進める形になった。
 そのとき、不思議なことに気づいた。
 あれほど胸を締めつけていた重さが、そこにはなかった。代わりにあったのは、静かな高揚感だった。お客さまからの感謝の言葉。社内の納得した反応。自分の仕事が、誰かの前進につながったという実感。
 プレッシャーが消えたわけではない。むしろ責任は重かった。けれど、その重さは以前とは違っていた。逃げたくなる重さではなく、背筋が伸びる重さだった。
 仕事のプレッシャーには、種類がある。自分だけの目標に追われるプレッシャーは、人をすり減らす。けれど、誰かの未来を一緒に考えるプレッシャーは、人を前に進ませる。
 今でも、日曜日の夕方は少し寂しい。「明日からまた仕事か」と思うこともある。
 それでも以前とは違う。
 ふと来週のお客さまの顔が浮かぶ。あの件はこう伝えたら動くかもしれない。社内には別の角度から説明してみよう。そんなことを考えている自分がいる。
 また胸の奥でアラームが鳴る日もあるだろう。落ち着かない朝も、重たい夜もあると思う。
 それでも、もう大丈夫だと思える。
 私は知っている。
 お客さまと向かい合うだけではなく、隣に立つ働き方があることを。
 自分の組織とお客さまの間で、未来への道筋を描く仕事があることを。
 そして、その場所にこそ、自分が仕事をする意味があることを。

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