【公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞】
私は、知的、精神障害をお持ちの方が仕事の訓練を受けたり、企業へ就労の支援を行ったりする障害者就労支援施設に勤めて3年目を迎えました。そんな私も、大学入学直前に父親を亡くし、浪人生という身分、社会経験が著しくない中で、残された家族と共に、法的手続きや親族との話し合いをしなければならず、もっと知識があったなら、もっと社会的ステータスがあったなら、対等に話を聞いてもらえるのに…と情けない気持ちでいっぱいでした。大学時代は早く「大人」と周りに認めてもらいたくて、FP検定や秘書検定などを手当たり次第勉強しました。しかし、私立の女子大だったためか、周りは一部を除き、「就職したくない」「仕事、何したらいいか分からない。誰か決めて〜」と言っていました。確かに、この発展した豊かな社会で、食べ物にも困らず、命の危機にも困らない私たちが、わざわざ苦労して働く必要があるのか、理解できることもありました。
関心のあることであり、福祉職なら人手不足だからどこかには就職できそうと取った精神保健福祉士の資格を使って、実習先の病院に応募、無事に就職。配属先の就労支援施設で日々、仕事を念頭にした支援に携わるうちに、国によって違いはあるんだろうかと気になり、2年目の頃から海外旅行のついでに施設を見学し、今年の2月にはベトナムを訪問しました。ベトナムは、現在、社会主義国からドイモイ政策を経て市場経済の国です。しかし、ある夜、フードコートで友人と夕食を食べていると、お店の営業時間中にも関わらず、他店のスタッフが差し入れに、お菓子を持ってノコノコとやって来て、店員さんとテーブルを囲んで食べ始めるという、日本では考えられないようなことが行われました。
いつもは利用者さんに「手が空いたら何ができるか考えましょう。分からなかったらスタッフに聞いてください」「お金をもらって働いてるんですから、責任を持ちましょう」なんて言っている。でも、日本から少し出たら、こんなことが通用する国がある。うちの利用者さん、ベトナムだったら働けたりして…ふと思いました。私は、日本に帰って来て、「パンの準備、終わりました。次、何したらいいですか?」「やったことがなくて…わかりません。教えて下さい」と言う利用者さんを見て、「頑張っている!」と感動してしまいました。
きびきびと「真面目に」働くことが、当たり前の国に生まれたから、他のことが気になって仕事に集中できない特性も、大雑把になってしまう特性も目立って、「〇〇さんはできない」「〇〇さんは☓☓が苦手だ」と言われるのかもしれないと考えました。障害の考え方である国際生活機能分類に環境因子というものがありますが、仕事に対する考え方もその1つに数えていいのではないかと思います。日本人の過度な仕事への期待のために、知的な能力的に、あるいはメンタル的に応えられない方にとっては働きにくい環境になっていると言えるのではないでしょうか。そして、それを改善することは、障害のある当事者に限らず、働く全ての人にとって働きやすい環境に繋がるのではないだろうかと考えます。決してベトナムの方がみんな、ゆとりがあって、伸びやかに働いている訳では無いですが、どこまでが必要な接客の範囲なのか、必要以上なおもてなしになっていないか、私たち日本人が「美徳」で隠して、考えないようにしている本当大切な価値に、今こそ目を向けるべきだと実感しました。
私はこの春3年目を迎えました。自分が一生かけて取り組みたいことは何か考え続け、それはやはり平和のためになにかしたいということです。医療や政治のような治療や強い力はないけれど、ソーシャルワーカーという仕事を、困っている人の隣に座って、手を差し伸べて、一緒に悩める存在として、私は誇りに思っています。もし、私に世界を少しでもよくできる力があるなら、私にできることは障害者の支援や、就労支援を通して、人々が自分らしく生き、働き、それぞれの幸せを一緒に実現することだと思います。そのため、大学院で障害者の就労支援を研究し、たくさんの人と出会い、途上国での就労支援を通して世界平和への貢献に繋げます。