【公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞】
「教卓」という数十センチの段差が、かつては自分を生徒から隔てる断崖絶壁のように見えていた時期がありました。
教師としてのキャリアをスタートさせたばかりの頃の私は、目に見えない「正しさ」という鎧を全身に纏っていたように思います。「教師は生徒を正しく導かなければならない」「知識を伝授し、規律を守らせるのが仕事だ」。そんな強い使命感は、いつしか独りよがりの完璧主義へと変質していました。スライド資料を投影しながら、チョークを握る指先に力を込め、黒板に整然と重要な知識を書き連ねる。しかし、背後にある生徒たちの机との間には、深い溝が横たわっているような、奇妙な孤独感を常に抱えていました。
決定的な出来事は、あるクラスでの授業中に起こりました。意欲的に取り組まない生徒に対し、私は「正論」を武器に指導を行いました。私の言葉は、論理的に正しいはずでした。しかし、その生徒が返したのは、反抗的な言葉ではなく、ただひどく冷めた、空虚な眼差しでした。その瞬間、教室の空気が凍りつくのを感じました。他の生徒たちもまた、私に怯えている、あるいは無関心を装っているようでした。私は教卓という安全な場所に立ちながら、彼らの心に一歩も踏み込めていない自分に気づき、激しい無力感に襲われました。「教えるとは、自分の正解を相手に証明することなのか」。その問いが、頭から離れなくなりました。
転機は、それから数ヶ月後の放課後に訪れました。教室整備のために、自分のクラスに向かっていると、あの時の生徒と偶然、廊下で出会ったのです。指導の時の険悪な雰囲気とは違い、何気なく口をついて出たのは、「最近、調子はどうだ?」という、一人の人間としての問いかけでした。生徒は驚いた表情を見せた後、ぽつりぽつりと、勉強や部活動、家庭での苦悩や、将来に対する漠然とした不安などを語り始めました。私はただ頷きながら、彼の言葉を聴きました。そこにあったのは、教師としての「指導」ではなく、人間としての「対話」でした。会話が終わる頃、彼は「先生にこんな話をするとは思いませんでした」と、少しだけ笑って去っていきました。この小さな、けれど私にとっては決定的でとても大きな出来事が、私の「働くこと」への価値観を根底から覆しました。
教師という仕事の本質は、あらかじめ用意された「正解」を手渡すことではなく、生徒が抱える「正解のない問い」に、伴走者として寄り添うことではないか。そう考えるようになってから、私の教室やクラスでの振る舞いは少しずつ変わり始めました。まず、教卓に縛り付けられていた自分の身体を解放しました。授業中、できるだけ机の間を歩き、生徒がワークシートの端に書いた小さな落書きや、迷っている筆致に目を向けるようにしました。「教える」時間と同じくらい、「聴く」時間を大切にする。生徒が間違えた時、それを正す前に「どうしてそう考えたのか」を尋ねる。そうした試行錯誤を繰り返す中で、教室は次第に、失敗を恐れる場所から、共に試行錯誤する場へと変容していったように感じます。
もちろん、今でも迷いや苦しさが消えたわけではありません。多忙な業務の中で余裕を失い、かつての「鎧」を再び纏いそうになる瞬間もあります。しかし、そんな時はあの放課後の静かな対話を思い出します。働くことの尊さは、完璧に役割を遂行することにあるのではなく、不完全な人間同士が関わり合い、その摩擦の中で共に成長していくプロセスそのものにある。そう確信できるようになりました。
将来、私は「何を教えたか」よりも「どう共に過ごしたか」で記憶されるような教師でありたいと願っています。変化の激しい社会の中で、生徒たちが自分なりの答えを見つけ出すまで、粘り強く隣を歩き続ける。そんな「最強の伴走者」になるための挑戦を、これからもこの教室から、一歩ずつ積み重ねていくつもりです。