【厚生労働大臣賞】

テーマ:�A働く経験を通して若者へ伝えたいエール
「努力とは?」
沖縄県  城間 蒼志 58歳


 土砂降りの雨の中、私は泥だらけになりながら現場を歩いていた。三年目の冬のことだ。大型ビルの基礎工事が佳境を迎えるなか、ふと足が止まった。地面のわずかなたわみ。設計図には載っていない、現地の地盤の微細な変化を、私は感じ取っていた。毎朝欠かさず現場を歩き、図面と地面を見比べ続けた三年間がなければ、決して気づけなかったことだ。上司に報告すると、「お前、よく見とったな」とだけ言われた。たった一言だった。しかしその言葉は、それまでの私の三年間を、すべて肯定してくれるような重さを持っていた。努力は、必ず形になる瞬間がある。そう心の底から確信できたのは、あの冷たい雨の現場があったからだ。
 現場監督という仕事は、華やかさとは無縁だ。炎天下の夏も、骨まで冷える冬も、現場に立ち続ける。職人との信頼を築くのに何年もかかる。設計図通りに進む日など、ほとんどない。工期のズレ、天候の狂い、隣地からのクレーム——毎日が想定外の連続で、そのたびに知恵を絞り、関係者の間に立って粘り強く調整を重ねる。完成した建物に自分の名前は刻まれない。それでも、竣工の日に空へ向かってそびえ立つ建物を仰ぎ見るとき、胸の奥から言葉にならない達成感が込み上げてくる。あの感覚を一度知ってしまったら、もう逃げられない。それがこの仕事の、誰にも語れない、誰にも奪えない報酬だ。
 
 社会人になりたての頃、私は毎日逃げることを考えていた。先輩に怒鳴られ、職人に舌打ちされ、自分の無力さだけが日々積み上がっていった。「向いていない」「もっと楽な道があるはずだ」——そんな声が頭の中を占領していた。それでも不思議なことに、朝になると足が現場へ向かっていた。今思えば、あの頃の「逃げなかった自分」こそが、今の私の土台をつくっている。努力とは、特別な才能でも、強靭な意志でもない。ただ、もう一日だけ踏みとどまるという選択を、何度でも繰り返すことだと私は思う。そしてその選択の積み重ねが、やがて自分だけの揺るぎない地盤になる。
 AI時代と言われる今、若者たちは「自分の仕事が消えるかもしれない」という不安を抱えているだろう。建設業界にもデジタル化の波は来ている。ドローン測量、BIM設計、工程管理システム——技術は急速に進化している。しかし現場は、いつも生きている。雨が降れば地盤が変わり、職人の体調が工程に影響し、近隣の一言が計画を揺るがす。五感で状況を読み、人と人の間に立ち、その場で判断を下す力は、どんなテクノロジーにも簡単には代替できない。それは、逃げずに現場に立ち続けた人間だけが、長い時間をかけて手にできる力だ。
 コツコツと積み上げる努力は、報われるまでに時間がかかる。一日一日は地味で、誰にも気づかれないことの方が多い。しかしその積み重ねは、確実に自分の内側に蓄積されていく。現場で転んだ回数だけ、人は地面の硬さを知る。怒鳴られた回数だけ、人は言葉の重みを知る。学歴は、出発点をほんの少し変えるかもしれない。しかしその後の景色を決めるのは、今日の現場から逃げなかったかどうかだと、私は固く信じている。
 今まさに働きはじめた若者へ。あなたが今立っている場所が、どんなに泥くさくとも、どんなに報われなくとも、そこで踏みとどまり続けることに、深い意味がある。努力の根は、見えないところで静かに、しかし確実に張っている。やがて必ず、あなた自身の言葉と経験が、誰かの人生を照らす力になる日が来る。その日を信じて、今日も現場に立ち続けてほしい。

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