【一般社団法人 日本産業カウンセラー協会 会長賞】

テーマ:�B経験に基づく問いと学び
父の写真
福島県  遠藤 伸一 54歳


 一枚の写真の中で、父は今も働くことの意味を教えてくれている。
 
 私が幼い頃、父は絨毯と布団のクリーニングの仕事を営んでいた。仕事場は隙間風が通り抜け、夜になると裸電球のまわりを蛾がバタバタと飛び回っていた。今にも風で吹き飛ばされそうな古びた建物は、とても工場とは呼べないような場所だった。
 
 中古で手に入れたワゴン車は、ディーゼルエンジンが爆音を立て、走ればモクモクと黒煙を吐いた。今思えば、大気汚染のポスターに抜擢されてもおかしくない代物だったかもしれない。手動で回す窓のノブはベタつき、シートは破れてスポンジがむき出しだった。それでも父は、そんな環境の中で一心に働き、持ち前の粘り強さで得意先を一軒一軒開拓していった。
 
 父は、一般のクリーニング店では扱えない大きな品物を引き受けていた。私は、そんな父の背中を見ながら、高校生の頃から自然と仕事を手伝うようになっていた。
 
 一通り仕事を覚えた矢先、私が二十七歳のときに父は突然他界した。末期がんだった。泣く間もなく、私は仕事をそのまま引き継ぐことになった。
 
 絨毯の洗い方を知る人は少ない。シミ抜きの後、ポリッシャーで擦るように洗う。水を含むと驚くほど重くなるため、ホイスト(天井につけた小型クレーン)で吊り上げ、業務用の大型脱水機にかける。脱水した水は墨汁のように黒く、何度も水を注ぎ替える。その後、柔軟剤や脱臭剤を注入し、単管に干して十時間以上ボイラーで乾燥させる。乾燥後は掃除機でゴミを吸い取り、包装して得意先へ納品する。
 
 正直、この仕事を「楽しい」と思ったことは一度もない。汚いし、きついし、儲かりもしない。しかし、誰かがやらなければ困る仕事であることも確かだ。
 
 扱う品物はさまざまだ。犬の毛がびっしり絡みついたカーペット。猫の尿が染み込み、鼻をつくような掛け布団。ホテルから届く敷き布団には、生々しい血の染みが残っていることもある。
 
 洪水でずぶ濡れになった布団が届くこともあった。数日経つと蛆(うじ)がわき、工場中に薬品を撒いたこともある。葬式を終えた家から届いた布団には、いつもより少し多めに芳香剤を吹きかけ、そっと手を合わせた。
 
 生まれながらにして裕福な人もいる。何不自由なく暮らしていける家庭もあるだろう。けれど、世の中はそうした一握りの人だけでは回らない。見えないところで汗を流し、人の暮らしを支えている無数の手がある。私は、その一人として働いていることに、最近ようやく誇りのようなものを感じられるようになった。
 
 やりたい仕事に就ける人は幸せだ。しかし、それが叶う人ばかりではない。多くの人は、思いどおりにいかない日々の中で、自分の立ち位置を模索しながら働いている。それでもいい。どんな職業であれ、あなたが働いている時点で、誰かを笑顔にしているのだから。
 
 あなたは世の中にとって必要とされる、大切な一人なのだと、三十六年間働き続けてきた私は、自分の経験を通して伝えたい。
 
 私は、洗い上げた布団にふわりと香りを重ね、名も知らぬ誰かに小さなやすらぎを届けるために、これからも絨毯を洗い続けていくだろう。
 
 創業当時の工場で撮られた写真の中の父が、「どんな仕事でも胸を張れ」と言っているような気がするからだ。

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