【一般社団法人 日本勤労青少年団体協議会 会長賞】
「四季を感じ取れているか」
暑いや寒いといった気温的な話ではなく、桜の開花宣言や梅雨入り宣言だけではなく、台風の進路予測や大雪警報によるダイヤの乱れだけでもなく。
まだ咲く前のピンクに色づく蕾のかわいらしさや、近づく雨の匂いや、きつい日差しの合間にある木陰の優しさや、新米のおいしさに感謝が止まらなくなる夕飯や、極寒の日に奢ってもらったミルクティーの温かさや。
そんな些細な四季の移ろいを感じ取れているかどうかが、20年弱社会人をしてきた私の心のバロメーターだ。
新卒の印刷営業職時代の私は、上司や先輩、得意先に、本当に恵まれていたと思う。社会人生活のスタートがここで、本当に良かったと今でも感謝の気持ちで満たされている。
それでも私がその会社を辞めたのは、今ではちゃんと感じ取れるこの四季の移ろいに気づける心の余裕が一切なかったからだ。
できないと思われることが恥ずかしく、目標クリアのため、常につま先立ちをしていた状態だった。当時はまだ、サービス残業が当たり前の時代。月曜日からの自分が少しでも楽になるよう、土日のどちらかは、必ずといっていいほど出勤していた。
休みのハンドリングも下手で、休日でも得意先に呼び出されたら対応した。誰かから言われてそうしていたわけではなく、全部自分の判断だった。明らかに過積載だったのだ。
ある時、父が言った。
「車のハンドルも、“遊び”がなかったら事故するぞ」
その頃の私はまさに、ハンドルを右に切ればガードレールにこすり、左に切れば生垣に突っ込み、不安定な荷台に課題や期待を山積させながら、なんとかギリギリ横転せずに運転していたに過ぎない。ただ、運転する顔だけは、涼しいままに。
自分の限界を気づかせてくれたのは、ファミリーパックのチョコレートだった。
ある日の午後、営業車の運転をしながら、チョコレートをと延々食べ続けた。チェーンスモーカーならぬ、チェーンチョコレーターだ。大好きなチョコレートをたらふく食べ、ふと助手席に散乱する個包装のゴミをカサカサと触り、一気に食べつくしてしまったと気づいたとき、私は思わず号泣した。心の疲れを、自覚した瞬間だったのだろう。
やりがいのある仕事を、若く経験も浅い私に任せてもらえたことは、生涯の誇りだ。こんな私に、会社が期待を寄せてくれていたこともありがたい。仕事の大小に関わらず、お客さんと一緒に作り上げた仕事の達成感と喜びが、今の私の財産であるのは事実…なのだけれど。
私はそのチョコレート事件の後、自分の中で長年しまっていた気持ちに、正直になってみることにした。
いつも私は、ここぞという決断をする際、「二番目」を選択してきた。心のどこかで二番目を選んだ自分に安心していたのだろう。
26歳のとき、初めて自分の「一番目」を選択するべく退社をした。もったいない、惜しいことをした、そう言われたのは一度や二度ではなかった。
でも、私の心は少しずつ色を取り戻していき、四季の移ろいに敏感になっていったのがわかった。自炊をする機会も増えた。小学生の頃好きだったお菓子作りや、ちゃんとした料理にも挑戦するきっかけにもなった。
私はあの後、喋る仕事に就いた。今年で、旬の食材を紹介するラジオ番組のパーソナリティを担当させてもらい、10年になる。ありがたいことに、仕事で日々食材からも四季を感じさせてもらえるようになった。大きな変化だ。
今、あの新人時代の経験はない方が良かったのかと問われると、私の答えはNOだ。
あの経験がなければ、私は明らかに視野の狭い大人になっていた。車の免許は持ちつつも、原付の運転経験がないために、原付バイカーの気持ちを慮った運転がしづらいのと似た感覚だ。
どんな経験も、自分の視野を広げてくれる教材だ。結果、視界良好になれば、事故も起こしづらくなるだろう。
そして、たまには心の窓を開けて、些細な四季を感じ取れているかの定期点検も忘れずにいたい。