【 厚生労働大臣賞 】

風を感じる社会に
和歌山県  中谷栄作
 自分がわくわくしないものを「意味がある」「楽しいものだ」と理屈っぽく教えられる。素直にそれに従い、知らぬ間に「誰かが決めたルール」を「誰かに後ろ指をさされることがいや」で守っている。自分が本当にしたいことは、誰にも見られていないときにだけする。もしくは見てほしい部分だけを切り取ってSNSなどで見せて満足感を得る。私にとって、それはとても息苦しいものだ。
 私は小学校教員をしながら、子どもたちと「本物との出会い」を大切にした学びを創り続けている。多くの人が学校に来て、子どもたちもあちこちに出かけ、自分の目で見て、耳で聞き、心と体で感じることが一番の学びだからである。決められた答えなどなく、未来は自分の心次第で無限に作っていけるものだ。日々、子ども以上に私が学びを得ていると感じる。「未来を幸せに生きる事が人生の仕事だ」という私のモットーを自ら実践し、私は誰よりも楽しみながら仕事をしている。
 そうした取組の一つが起業家教育である。子どもたちと会社を設立し、野菜を育てたり手芸品を作ったりして販売する授業を一年かけて行った。一年もかかる理由は、はじめにお金を借り、それを元手に商品開発を行うところから始め、チラシを作って配って回ったり、得た収益に子どもたちとどう使うかまで考えたりするところまで、一連の経済活動を実際に体験するからだ。分からないことは地元の企業の方や地域ボランティアさんたちに手助けをいただきながら進め、私自身も学びになった。うまくいくことばかりではなく、一か月かけて作ったものが100均のクオリティに負けたとき、お客さんに「こんなもの要らない」と言われたとき、会社内で取組への熱量に差が出たときなど、たくさんの難題にぶつかっては話し合い乗り越えてきた。子どもたちの真剣な姿勢や達成感にあふれる笑顔を見て、初めは反対意見を持っていた地域の方や同僚からも賛同してもらえるようになり、この授業は学校に定着していった。「学校ではそこまでできない」「子どもには無理だ」といった定評を覆すことができた時、子どもたちと共に喜びを分かち合えた瞬間は最高だった。
 ある年のこと、これまでの形を踏襲して3つの会社を設立して取組を進めていた。子どもたちの真剣さもどんどん増し、手ごたえを感じていた。しかし11月ごろに、一人の女の子が「この会社を辞めて新しい会社を作りたい。」と直訴してきた。瞬間的に出てきた言葉は「どうして?」だった。理由を聞きながら、どうにか戻ってほしいという気持ちが大きかった。彼女は「今の会社は、自分が目指す方向性とは違う。かといってこの会社を丸ごと否定したくない。だから、自分の思いを実現するために新しい会社を作りたい。」と言っていた。熱心な思いを説得することは難しく、一旦回答を保留して、放課後に校長先生に相談をした。その時の校長先生は、即座に「おもしろい子が育ってるじゃないか!君が育てたかったのは、そういう子どもだろ、やったじゃないか!」と笑ったのだ。
 目が覚める思いがした。私は、自分が今まで周りから受けていた批判「先生らしくしろ」「学校では無理だ」といった型にはめようとする同調圧力をかけようとしていたのだ。
 彼女はそれから会社を作り、仲間を集め、どれだけつらくても自分が決めたことに責任をもってやりとげた。彼女は学校に風を起こしたのだ。
 私がかっこいい人生の先輩と後輩から学んだことは「夢を描き続けること」だ。私は教育を通して社会を変えたい。その場限りの体裁を気にするのではなく、本当の自分を直接伝え合うことが当たり前にできる社会にしたい。そのためには誰もが仕事を通して社会を作っている自覚をもつことが大切だ。
 私は常識や世間体にとらわれずに、この息苦しい社会に風穴をあける人材を今日も楽しみながら育てていきたい。楽しみながら、私自身も育てながら。
戻る