【一般社団法人 日本産業カウンセラー協会 会長賞】

自分にふさわしい仕事って?
香川県  日野鈴香

入社1か月で会社を辞めようと思った。自分に合わないと思った。営業の仕事をやりたくて入社した会社だった。しかし配属されたのは工場。製袋現場で働く技術職だった。


朝起きて作業服に袖を通すたび、憂鬱になる。ハンガーには内定が決まったときに両親がプレゼントしてくれたスーツがクリーニングされたままの状態でかかっている。パリッとスーツを着こなしてオフィスで働き、営業ではバリバリ仕事を取ってくる。ランチはおしゃれなカフェで、週に一回は飲み会をして……。学生時代はそんな自分を思い描いていたのに、実際はどうだ。毎日作業服を着て工場では油で手を汚しながら一人で機械を動かし、昼は事務所で配達弁当を食べる。思い描いていた自分と現実の自分があまりにかけ離れていて、日々を重ねるごとに悲しみが募る。


「自分はここにはふさわしくない」
 そう思いながら毎日働いた。仕事を見下し、工場で働く自分を蔑みながら働く毎日だった。


そんな自分が変わったのは、仕事で大きなミスを犯してしまってからである。


製品の入り数間違い、その数60万。納期は2日後。全ての商品を一つずつ数え直さなければならない。この数え直し以外にも仕事は大量に溜まっている。24時間数え続けたとしても2日では到底数えきれない。
 ああ、やらかした。
 要塞のように積み重なった段ボールを開けて検品していく。気が遠くなりそうな作業だった。


しかし段ボールが一段減った頃、後ろから声をかけられた。
 「それ、うちがやるけん。あんたまだ仕事溜まっとるやろ。そっち先やり」
 同じ機械を扱うベテランの方だった。
 「いや、私がやってしまったことやし大丈夫です。溜まっとる仕事の方はまた明日にでもやります。これは1人でできるんで」
 早口でまくしたて新しい段ボールを開けようとすると彼女は声を張り上げた。


「仕事なめとんか!!」


私は驚いて、首だけ動かして彼女と目を合わせた。


「こんなの一人で終わらせられる訳ないやろ!あんたは一人で良くてもな、会社が困るんや。これが納期に間に合わんかったら営業さんに迷惑かかる。お客さんにも迷惑かける。ミスするんははしゃあない。でもな、機械は一人で動かせてもな、仕事は一人じゃできんのや!あんた一人で60万枚検品できるんか!」


ぐうの音もでなかった。すみませんと謝って、溜まっている仕事に取り掛かった。仕事を終えて検品に向かうと、要塞のように積みあがっていた段ボールは3分の1程度に減っていた。同じ工場の他の部署からも応援が来てくれたのである。


検品を手伝ってくれている全員に聞こえるよう大声で伝えた。
 すると、ベテランの彼女が「2度目はせんようにしたらそれでええんよ」と笑ってくれた。
 思わず泣きそうになった。


結局1日で60万枚の検品は終わった。


私は今も工場で働いている。作業服は半袖に変わったばかりだが、もう既に油がしみ込んで黒く汚れてしまった。でも、もうスーツに憧れたりはしない。作業服でしかできない仕事を私はやっているのだ。汚れさえも働いた証で、ちょっとだけ愛しくて誇らしい。
 一番初めに後輩に伝えたのは「作業を仕事にする」ということだ。私は初め仕事をただの作業だと感じていた。機械の電源を入れて動かす作業。パソコンを打つ作業。人と話す作業。世の仕事は全て作業の上に成り立っている。そしてその作業を仕事に変えるのはきっと自分自身だ。
 私が毎日行っている機械を動かし袋を作る仕事。何も考えずに行えばただの作業だ。作業は一人でもできる。しかし仕事は一人ではできない。
 自分の作業を支えてくれる人がいるから働ける。自分の作業が誰かに届くから頑張れる。作業の先に自分以外の誰かが見えたとき、それは仕事になるのではないかと私は思う。
 「自分にふさわしい仕事」はきっと自分で作り出すのだ。

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