【 入選 】
38年間の勤務を終え、無職になってからは、毎日が空しく感じるようになった。働いている時は、そ んな気持ちにならなかったのだから、この原因は定年退職とは言え、働くことを失ったことにあると気 づいた。
現職の時は特に意識はしなかったが、働くことが生きがいになっていたのである。振り返れば、小学 校の教員であった私は、子どもの笑顔、生き生きと活動する姿、友達に優しくする姿等に喜びを感じた。
その喜びは、教師としての私が、このように子どもが育つのに、少しでも役立ったという有用感であっ た。この有用感が生きがいになっていたのである。
私が、働くことに生きがいを感じるようになるまでには、一人ひとりの子どもの理解(児童理解)と愛 情をもって適切な支援(指導と評価)ができる専門性を培うことが不可欠だった。もちろん、私自身の 努力は欠かせないが、これと同じだけ大事なことがあった。職場の全ての上司や同僚に学ぶことであっ た。そのことで、私は、働く人としても、一人の人間としても、豊かになり、子どもの教育に生かされ たと思っている。
このことについて、私の経験から具体的に述べたいと思う。
私が学校を卒業して、新人として職場に入った時、40歳前後のAさんは同僚や上司の評価が低く、べっ 視されていることに気づいた。その主な理由は、仕事が遅く、おべっかを使えないことにあるらしかっ た。私も心の中では、べっ視しそうになっていた。
そんな時、私のAさんに対する見方を大きく変える出来事(仕事)に出くわした。その日、職員室 は、私とAさんの二人しかいなかった。Aさんは、子どものテストの採点をしていた。それを見ていた が、仕事が遅い感じはしなかった。40人分の採点が終わってから、Aさんの手は止まり、考え込んでい る。しばらくすると、Aさんの手が動き始めた。Aさんは、テストの余白に、ていねいに文章を書き始 めた。40人全員分を書いているようである。そのため相当時間を費やしている。
私は、文章の内容を尋ねたら、Aさんは、優しく教えてくれた。
「簡単に言えば、子ども一人ひとりに手紙を書いています。内容は、前のテストと比べてよくなったこ とや普段の努力が今回のテストの良い結果につながったことをほめる文章を書いています。がんばって いるのだが、結果が出ない子どもには、がんばりを認めた上で勉強の仕方をアドバイスする文を書いて います。一人ひとり違う、ほめ、励ます文章を書いています。子どもはよく読んでくれ、やる気を起こ してくれているのが嬉しいです。保護者の方も、単に点数(結果)の良し悪しでなく、わが子のがんば りを認めてくれるようになりました」
私は、Aさんが素晴らしいと思った。
たとえ、同僚や上司に仕事が遅いと言われようと、子どものためになる働きをしているのはAさんで あると確信した。私はAさんに学び、早速テストの余白に文章を書き始めた。
このことがあってからは、職場の同僚や上司の全ての人に、働く上で学ぶことがあると思うように なった。それを探し、それに学ぶようになった。この積み重ねが、働く私を豊かにしてくれたばかりで なく、人間としても豊かにしてくれたと思っている。
若い人も、職場の人から多くを学んで、人間として豊かになってほしい。