【 入選 】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
──謙虚さが無ければ生き残れない── 「性格は変えられる。記憶より記録。日記の効用」
宮城県 東 方 晴 彦 76歳

職場の人間関係で悩んでいる若者は多いと思う。事実私も長い在職期間中何度かこの問題で悩んだ一 人だ。仕事の上で意見や主義を主張するのは当然だが、時には誤解や軋轢を生む場合もある。職場に限 らず人間関係は一度もつれると修復に時間を要するので厄介である。言うまでもなく職場は互いに協力 し半ば労り合って成り立っている。私には忘れられない苦い思い出がある──。山村の高校に赴任して 数年か経った頃だった。日頃から指導上で意見の合わなかった先輩教師と宴席で口論になり雰囲気を台 無しにしてしまう。

年下の私だったがかなり語気鋭く言い返し奮然としてその場を去った事だ。元より酒席での暴言は決 して褒められた話ではない。生来自他に厳しい性格で実はこれまでも最後まで我を通して、主張を譲ら ず何度か友人ともめた苦い経験がある。暫くは相手の顔を見るのも嫌で努めて接点を持たない様にした。

多分相手も「自己主張の強い性格」と思ったに違いない。職場内で一度ついた負のイメージは中々消 えないものだ。「相手は先輩、少しは立場や意見に耳を」と忠告してくれる上司も居るにはいた。この種 のトラブルは決して一方だけに非があるとは思えないが、立場や見方が異なれば違った解釈や意見が生 ずる。残念ながら若輩の私には他の意見にじっくり耳を傾ける余裕もなく能力もなかった。

潔癖過ぎる性格は時には誤解を生み易い。「何とかしてこの性格を早く変えたい。これでは職場内で孤 立して、この先立ち行かなくなる。」頭から常にこの考えが離れず、心の中は焦りに似た感情で支配され つつあった。

 

私は学生の頃に日記をつけ始めた。理由は「氷点」(三浦綾子著)を読んで「日記を3年続けて書い た人は将来何かを成す人。10年続けた人は既に何かを成した人」の文言に啓発されたからだ。嬉しい事、 悲しい事、健康状態等可能な限り正直に書いた。ただ10年以上続けたがまだ何も成していない。日記に は過去にあった出来事、忘れていた事を思い出させてくれる長所がある。更に再確認できる利点もある。

何よりも記録は記憶に優る。

一旦読み出すと止められなくなり、読んでいるうちに自身の幼稚さ、愚かさ、誤解、勘違い等様々な 欠点が見えて来る。

「なぜあんな事を言ってしまったのか」「何て大人気の無い事を」等々。後悔や反省の念まで湧いて来 る。何気なしに読み直しただけの日記──。私の中で何かが弾けた。

人間はいつ自身の発言や行動を振り返ったり反省するのか。冷静に確認する機会や手段を保持してい るものだろうか。論語にも「われ我が身を日に三省す」がある。日記を読み返したのは貴重な時間だっ た。決して無駄な事ではない。偶然ではあったが日記の効用の大きさには正直驚かされた。相手の立場 も分かる。冷静に分析できる余裕も生まれて来る。我を通すばかりだったこれまでの自分の無知を知る。

何よりの収穫は私に社会人として一番不足していたものを気づかせてくれた事だ。謙虚さの不足は、職 場での人間関係のもつれを醸成すると言ってもいい。私が仕事を通じて気づいた事は「謙虚さが無けれ ば職場に生き残れない」だ。働く職場があるのはやはり幸せだ。自分が変われば周囲も必ず変わる。事 実私は75歳まで働けた。でも付け焼き刃の謙虚さは通用しない。謙虚さと「他に阿ること」は根本的に 違う。そこを相手に誤解されたら全て元の木阿弥だ。それには自分の発言や行動に自信を持てるよう日 頃から自省しなければならない。性格を変える事は即ち自身に謙虚さを取り戻す事と言ったら過言だろ うか。その一つの手段としてぜひ日記を付ける事を勧める。最後になったが人生はただ全力で走るだけ が能ではない。時には一度立ち止まって、これまでの来し方を振り返って見る事も大切だ。苦悩する若 者に私の経験が少しでも参考になれば幸いである。

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