【佳作】

【テーマ:さまざまな働き方をめぐる、わたしの提言】
眞赤なカーネーションの花束を
岡山県 藤 井 通 子 81歳

「こんにちは、お久しぶりです。」突然元気な声が私の耳元にとび込んで来た。

急いでふり向くと、眞黒く日焼けした顔の、たくましい青年がはじけるような明るい笑顔で立ってい た。

手には眞赤なカーネーションの花束が、かすかにゆれていた。「僕、僕ですよ。」眞新しい紺色の背広 にきちんとネクタイをしめ礼儀正しく挨拶した。私はすぐに中学生だった頃の彼の姿を思い出していた。

私の若い頃の教え子の姿、立派に成長した彼の姿に接しなつかしさで一杯になった。

「長い間、御無沙汰しました。僕、やっと、先月就職しました。はいこれ、先生に届けに来ました。」 彼は眞赤なカーネーションの花束をはずかしそうに手渡してくれた。今日は、母の日、何と素晴らしい再 会なのだろう。初月給で買ったカーネーションの花、太陽の光に照らされ、キラキラと輝いていた。腕 白だった彼、進路や仕事のこと、色々と語りあった日々がつい昨日のことのように思い出された。立派 に成長した彼の姿、そして何より心のやさしさに私は涙が止まらなかった。これ迄歩んで来た彼の人生 の足跡を私はゆっくり聞くことが出来た。中学、高校、大学受験へと彼は多くの選択肢の中から福祉の 道へそして看護師の道を選択し病院で働いていることを知らせてくれた。理系の大学に合格し現在は会 社勤めをしているのではないかと思っていた丈に彼の選択を聞いた時は驚きでもあった。彼が看護の世 界で働くことへの道のりは長い道のりであったことも、そして彼が多くの中から自分の人生について眞 剣に向きあい生きて来た足跡を感じとることが出来た。

看護の道は科学の道であること、人の生命を預る大切な尊い仕事であること、病める人々によりそい 排便のお世話や、重い体重への移動、心のケアー等々、決して誰にでも出来る仕事ではなく、単なる使 命感だけでは出来ない尊い仕事であることを知った彼は、思いきって自分で考え、行動し、様々な仕事 を体験し試行錯誤をくり返し乍ら、自分で選択した道だった。これ迄決して楽な道ではなかったことも 彼の強い信念で打破することが出来たのだ。彼の新しい出発に心から拍手を送りたい。世間では、特に 日本社会では看護師の道や保育士、栄養士は、女性の社会だとの固定観念が根強く残っているように思 われるが男性が参加することによりより新しい職場環境、新しい働き方改革が生まれるのではないかと 思う。夜間勤務、長時間の立ち仕事等、そして何より心身のストレス、女性看護師だけでは抱えきれな い心の重圧、病院に入院した時、特に強く感じる看護師さん達の大変な仕事の量。男性看護師の活躍が、職場の新しい改革、又女性が安心して働ける社会への構築への第一歩になるのではないかと感じる。彼 のような、たくましく、心やさしい青年が新しい看護の世界を切り拡いていってくれることを確信して いる。私は福祉先進国第一位と云われるスエーデンやデンマークの福祉の取り組み方を調べるため度々 北欧へと出かけた。自主自立の精神、総ての人々が安心して生き働ける社会を目ざし一人一人が問題意 識を持って努力していることに福祉の原点に接した思いであった。スエーデンの女性就業率は2017年3 月OECDの発表によれば80%以上越えている。又世界各国の男性看護師の比率は日本は5%~現在 7%へと少しずつ上昇、フランスは12.8%、イタリアは27.3%となり男性看護師が活躍している。人は 単にお金のためではなくましてや地位や名誉のためでもなく自分以外の誰かのために少しでも自分を活 かし役立てる人生の選択の大切さを沁々と感じる。初月給で買って届けてくれた眞赤なカーネーション の花、私の心の中に咲き続ける宝物、忘れられない思い出である。彼が病める人々の心の光となって新 しい職場を照らし、活躍してくれることを確信している。私達も門出を祝し応援していきたいと思う。

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