【 奨 励 賞 】
過去の自分は、仕事と汗の量が成績に直結し、成績を残して出世することこそ自分の人生であると考 えていた。日中は外を駆け回り、夕方会社に戻るなりデスクでパソコンと格闘。日付が変わることなど 日常茶飯事な生活を続けていた。しかしそこそこの成績は残せるものの、「まだまだこんなんじゃダメだ。
もっと仕事をしなければ」とさらに自分に鞭を打ち、休日返上で仕事に打ち込んだ。そんなある日の夕方、 外回りから帰りデスクにつくと、体が鉛のように重くなって思うように動かない。パソコンの画面も歪 んで見え、立ち上がることもできなくなった。上司や同僚にすぐに病院へ行くよう促される。そんなこと に大事な時間を使うことはできない。持ち前の気合いと根性で何とかなるという思いが強かった。重い 足を引きずりながらしぶしぶ診察すると、明らかな働きすぎだと医師が言う。すぐに休むことが必要だ と強く警告され、2週間の休養を余儀なくされた。周りを見ずにまっすぐ走り続けてきたが、急に立ち 止まることになる。自分のことさえ見えていなかった。ベッドに横たわって天井を見る。こうしている 間にも他のライバルが成績を残しているのではないか。出世に響くのではないか。不安と恐怖で眠れな い日々が続いた。気持ちを切り替えるために、家の前にある川沿いの土手を歩いてみる。薄い霧の遠く から響きわたり、近くからも聞こえてくる鳥たちのさえずり。木々や草花の間を通り抜ける澄んだ早朝 の空気。今まで深呼吸したことなどあっただろうか。川を眺めながら時間も忘れて歩いていると、ジョ ギングの男性が向かってくる。すれ違いざま「おはようございます」とお互い挨拶するなり、その方は 立ち止まり「あ、どうもご無沙汰してます」と声をかけられた。見覚えがあるが思い出せない。正直に 分からないことを謝ると、取引先の担当者だった。訪問時に一度会ったきり、やりとりは電話やメール のみでろくに顔も出していなかった。大切な顧客さえも思い出せない自分が恥ずかしかった。ベンチに 座り、今の自分の状況を話す。するとその方が、「今日一日という枠の中で生きる。過ぎた昨日のこと は引きずらない。まだ来ない明日への不安も考えない。今日できることを効率よくこなし、今日一日に 精一杯ベストを尽くす。その積み重ねが明日へとつながるんです」と話してくれた。何かの衝撃が、私 の体の隅々まで駆け巡ったのを、昨日のことのように思い出す。今までの自分は、昨日を見つめながら ひたすら明日へ突っ走り、今日の仕事をしていなかったのである。私は深く反省し、復帰後は「今日一 日」という言葉を常に心に置き、取引先への挨拶回りも大切にしている。不思議と成績も順調で、やは り人と人との信頼関係が一番なのだと改めて気づかされる。私に言葉をくれたその恩人とも毎月挨拶を 交わす。合言葉は「今日一日、どうぞよろしくお願いします」。