【 奨 励 賞 】
「ビールいかがですかー?冷たいビールいかがですかー?」 私のはじめてのアルバイトは甲子園球場のビールの売り子だった。12kgのビールを肩から掛けて球 場の階段を上り下りする。試合の最初から最後まで続けるとすごい運動量だ。夏は勿論のこと涼しい日 でも汗がだらだら流れ、制服の赤いポロシャツはあっという間に汗でびしょびしょになった。ビールの 売り子をやっていると言うと皆が口を揃えて大変だねと言ったが、私は大変だなんて思ったことがな かった。お客さんと交わす一言二言の会話。球場に吹く生ぬるい風が肌をなでる感覚。歓声に包まれな がらふと見上げると空は果てしなく広がっていて、この世に不可能なことなんて無いような気がしてく る。ビールを売ることが楽しくて仕方がなかった。そして、私が売るビールは誰よりも売れた。私は甲 子園球場で売り上げNO.1のビールの売り子だった。
それから数年後。私はある会社で派遣社員として働いていた。社風が好きで仕事は楽しく忙しく、充実していた。仕事が大好きだったので社員がやるはずの仕事も喜んでこなした。でも私はいつも淋しかっ た。自分は社員ではない、会社が認めた人間ではないと思わされる瞬間が結構頻繁にあるのだ。会議に 呼ばれない時。回覧がまわってこない時。社員にだけ知らされる連絡事項もあった。仕事では無理難題 を相談されたこともあるし、それがうまくいったときは一緒に喜んだりもする。でも社員の集まりには 呼ばれない。本当は仲間ではないと言われている気すらした。会社が大好きだったのでとても悲しいと 思った。心の中にできた小さな黒い点は、日に日に大きくなっていった。
そんな時、その会社で3年限定の契約社員を採用することになった。今までは社員か派遣社員しか居 なかった。私は上司から、契約社員の面接を受けるように薦められた。
面接は順調に進み、面接官である取締役が言った。「米田くんの推薦なら間違いないだろう。これから 3年間は社員であるという自覚を持って行動してください。何か質問はありますか?」「3年の契約が終 わったらまた派遣社員として働くことはできますか?」「何を言っているんだ。3年は3年だ!」「契約 社員を延長するのではなくて、派遣社員として働くことはできますかとお聞きしています。」「契約社員 としてやっていた仕事を派遣社員の給料でやる人なんて居るわけがない。」「もし自分で納得してそれで もよいと思ったら大丈夫ですか?私は会社も仕事も大好きなので、きっと3年後、派遣社員としてでも 働きたいと思うだろうと思います。」
終わりかけていた面接は途中で打ち切りになってしまった。次の日、米田さんが「あの話は無くなっ た。おまえが余計なことを言うからや。」と言った。私は余計なことなんて言っていない。取締役も米田 さんも何を言っているのかさっぱり分からない。私はお金が欲しくて働いているのではない。好きな会 社にずっと居て、一生懸命仕事がしたかっただけだ。でも私の気持ちは伝わらなかった。
「働く」ということについて何度も考えた。色々な人に考えを聞いた。分かったことは、私のように、 働くことが好きだから仕事をしているという人はごく少数だということだ。お金がもらえないなら働か ないとか、働いたら損だと考えている人が相当多いらしかった。私は働くことが大好きで幸せだと思っ た。
私は今も自分の居場所を求めて彷徨っている。あの日、甲子園で見た無限に広がる青い空を思い出し た。観客の歓声や甲子園の熱気、私の心が一つになって、確かにあの時、私は輝いていた。もう一度あ の気持ちを味わいたい。私にはこれしかないと思えることを全力でやりたい。またあの時のように輝け ることを信じて。