【 奨 励 賞 】
「入社式に両親からのメッセージを朗読しますので、何か書いてください。本人には内緒で」。
こんな手紙が娘の就職先から届いた。
5年前の3月のことだった。
次女は京都で学生生活を送り、就職先は実家がある地元を選んだ。就職説明会に何度も出向き、意気 消沈を繰り返しながらも、やっとのことでこの会社に内定した。娘を含めて2人が入社すると聞いてい たが、何と家庭的な会社なのかと驚いた。妻と話し合い、私がメッセージをしたためることにした。
気恥ずかしさもあったが、私の大好きな言葉を引用することにした。いま、思い出しながら書いてみ る。
「チャップリンの映画には、人生の喜怒哀楽がそこはかとなく漂い、私は大好きだ。なかでも「ライム ライト」に好きなセリフがある。「人生において必要なものは、勇気と希望とサム マネー」。
チャップリン演じる老役者が失意の若手ダンサーを励ますシーンに出てくる。
いま、苦しくても、夢や希望を捨ててはいけない。夢や希望を失えば、人生はそこでおしまい。でも、 それだけではない。毎日を生きていくために、たくさんはいらないが、わずかばかりのお金が必要。お 金を馬鹿にしてもいけないよ。
無名時代の長いどん底生活を経験したチャップリンの体からわきでた言葉であるからこそ、説得力が ある。
「サム マネー」を稼ぐことが、どれほど大変であろうか。第一志望で就職できる若者は、ほんの一 握りである。希望が成就するほうがまれであろう。ほとんどは苦戦を強いられ、自分の思いとは違う職 場に勤務して、妥協せざるをえない場合も多い。それでも、毎日、知恵と汗を流し、「サム マネー」を 稼ぐことが大事である。
今後の人生は長い。毎日、新聞を読んでから、会社に行くように。疲れた日、気分が乗らない日もあ ろう。それでも、ちょっとでも新聞に目を通して、出勤する習慣を身に着けたほうがよい。新聞を読む ことで、世間の風の流れを敏感に把握できる。毎朝のわずかの積み重ねから、「サム マネー」に輝きが 生まれるはずである」。
ざっと、こんな内容だっただろうか。いま、思い出しても照れくさい。
入社式後、娘はメッセージのことは私には一言も言わない。こちらも聞かない。妻には言ったのかも しれないけど。娘の心のなかに、少しでも残ればそれでよい。
あれから5年。娘の帰宅は遅い。朝はぎりぎりまで寝ている。新聞を読む時間はなさそう。
「おいおい、大丈夫かな」と、子どもの頃から変わらない娘の寝顔を見ながらふと思う。