【 奨 励 賞 】
七年前に、地元、東海市役所の宿・日直、警備の嘱託の仕事から離れ、夕暮れ時の日課となった散歩の 時、生まれ故郷、北九州裏門司の風情と重なる農道を歩きながら、子供の頃、何度も聴かされた父の言 葉を思い出す。「俊男よく聴けよ。二宮尊徳とは損(尊)して得(徳)ぞ。働くとはお前が動いて傍(は た)を楽にする事ぞ。だから若い時の苦労は買(請)うてでもせよ」この言葉が身につき現役時代の仕 事への情熱の源だった。いま、父が逝った歳を越えても、様々な役職を務めているが、“苦労を買(請) うた” から元気で社会参加出来るのだと感謝している。
転勤族だった私は、定年まであと僅かの平成5年4月、53歳の時に鉄鋼城下町北九州八幡の本社内に 営業拠点を構える子会社へ出向となった。都合5度目の異動だった。
仕事は全く未経験の生・損保各1社の保険商品を販売する専属代理店の営業だった。当初は左遷され た気持ちが強く “たかが保険” と安易な気持ちで仕事をしていた。ところが、難しい資格取得が必須で、 責任も重く、半年も経つと人様の生涯の “安心” を備えるためのコンサルティングの業務で、社会的に も価値ある仕事だと気づいた。
まさに “されど保険” で、顧客の皆さんへの “幸福提案” の意義ある仕事だと思った。少し自信がつき はじめた頃、毎日出勤前に玄関先でめくっていた3泊4日の社員研修でご縁の深い伊勢市の財団法人・ 修養団伊勢道場・道場長の中山靖雄先生から、
“ありがとうの たびに 愛は広がり ごめんなさいの たびに 愛は深まる” のコメント付きで頂 いた日めくりカレンダーから、偶然、私の誕生日(9月15日)に格言が目に焼きついた。《徳は事業の基 なり・洪自誠》
一瞬、父の尊徳という言葉と重なり、啓示を受けたような気がした。早速切り取り営業所に掲示して 行動の後ろ楯とした。父の言葉といい、格言には先人先哲の洞察と思いが込められ、仕事への情熱や感 動を呼び起こしてくれる上に、実効の挙がるノウハウと智恵が一杯詰まっていると思った。
だから、この格言を軸に、営業スローガンは《先哲に学ぶ幸福提案業への途》と定め、定年迄7年間 通した。この事は随所に感化、初めのうち、面倒そうな素振りが感じられた顧客の顔が、だんだんほこ ろび、よく来たなといった表情になり終には訪問を心待ちしている様子が窺え親しみが湧き仕事への励みになった。キャンペーンの都度、上位入賞の常連となり “久保さん何か秘訣があるの?” と代理店仲 間から羨ましがられた。
また、美味しいと評判の地元の小さな店で主人が若戸大橋を通り、若松の奥深い山まで出向き摘んだ 柏や桜の葉っぱを塩漬けして保存、心のこもった香り高い柏餅、桜餅等をいつも顧客への手土産として いたが、2年経った頃主人から “久保さんの幸福提案の熱意に惚れたよ...” と、売り込んだ訳でもない のに新築マンションの長期総合保険他の大口契約を頂き3年目の年末キャンペーンで代理店会でトップ の挙積を計上でき特別表彰された。
保険は《顔の見える営業》が合言葉。
小さな代理店として “草の根営業” の成果だった。若者へ贈るささやか提言である。
今日も農道を散歩しながら《鞴(ふいご)の風さえ槌打つ響き仕事に精出す・》と口ずさむと働きづ めのまま57歳で逝った鞴を曳く父の後ろ姿が蘇る。