【 公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞 】
お客様を見ている。
接客業を長く続けていると、日々いろんな人に出会う。
朗らかな笑顔を振りまいてくれる人もいれば、思いつめた顔をしてぐるぐると店内を歩くばかりの人もいて、私はそのたびに、お客様の一人ひとりに釘付けになる。
アパレルショップや靴屋、書店に映画館と様々な店を転々としながら、もう二度と会うことのない人々と毎日顔を合わせていると、どの職場にも思い出に残るお客様というのが一日一人は必ずいて、彼 らはふとした瞬間に私の頭の中を通り過ぎてく。
中でもよく思い出すのは、靴屋時代に出会った男性のことだ。
「紐を結んだままで脱ぎ履きできるような、そんな靴を探しています」
何とはなしにお声かけをした男性。手袋をはめた彼の手には、指が無かった。
身体の不自由な人が訪れた際、私はいつもマジックテープの靴を提案してきたが、その言葉を聞いて無意識のままに可能性を否定してきたことが恥ずかしくなった。
店内にあるスニーカーを片端から広げて精一杯考えたが、結局ふさわしい靴を提案することは出来ず、私はしどろもどろになりながら「次回ご来店されるまでに考えてみます」と言うしかなかった。再来店が本当にあるのかはわからなかったが、彼は「そうですか」と一言呟いて去っていった。
しばらく経ったある日、友人と訪れた雑貨店で「結ばない靴紐」というものを見つけた。
それはゴムのように伸縮性のある特殊な紐で、穴に通せば結ぶ必要もなく、ほどける心配もないというものだった。
これだ、と思ってその靴紐のパンフレットを持ち帰り、インターネットで近隣の販売店を調べ、私は男性の再訪を待った。接客したあの日から、彼の姿は脳裏にくっきりと焼き付き、「絶対また来てくれ る」という確信となって私の胸に留まっていたのだ。
果たして、彼はやってきた。私のことなど覚えていないだろうと思っていたが、嬉しいことに彼の方から話しかけてきてくれた。
早速パンフレットを渡し、例の靴紐について報告すると、彼は「本当に探してくれてたんですね」と驚いた様子だった。
「難しいことを言って申し訳ないなって思ってたんです。でもこうやって考えてくれて、ありがとうございます」
そう言って丁寧におじぎをしてくれた。私は今でも、くすぐったそうに笑う彼の顔が忘れられない。
お客様を見ている。
訪れる人々には理由があって、それをどうすれば解決できるのか、日々考えている。
彼と出会って、接客業とはお客様に寄り添う仕事なのだと気付かされた。
誰もがひとつずつ物語を持っていて、それがハッピーエンドへ向かうように、ちょっとしたお手伝いをする。そう考えながら働いているうち、いつしか私は、人の心に寄り添い、ささやかな希望となるような、そんな話が書きたいと願うようになった。
私は今、小説家を目指している。
誰かが今日を生きた証を、きちんと刻みつけることができるように。
頭の中を過ぎていくお客様を想いながら、私は今日も小説を書く。