【佳作】
今年の4月、私は会社の人事異動により、大きく部署が変わった。中古機械の仕入れに関する部署か ら、コンプライアンスに関する部署に移り、働く場所や業務内容も大きく変わった。しかし、最も大き く変わったのは、私の仕事に対する気持ちや志だった。
「馬鹿野郎」
4月までは上司からよく怒鳴られていた。叱られていたのではなく、理不尽に怒られていた。私は ちょっとしたミスも許されておらず、事務所中に聞こえる声で罵倒されていた。頻繁に怒鳴られ、上司 の前で委縮する、漫画の中のようなサラリーマンだった。
一つ印象に残っていることがある。飛行機を利用した初めての出張の際、私は出張費精算の際に必要 な航空チケットの半券を捨ててしまっていた。先輩も同じだった。上司のところへ半券のない書類を持っ て行くと、先輩には笑って許したが、私に対しては30分程、ねちねち嫌味を言った。
最初は上司の言うことを聞き、自分が悪いのだと思い込んでいた。私は次第に聞き流す努力をし、「自 分が悪いから怒られているのではない、自分が悪いと思ってはいけない」と思い込むようにしていた。ただ「自分は悪くない」と思ってはいたものの、平日の朝や日曜日の夜は、会社に行くのが心から憂鬱だった。
4月からはコンプライアンスに関する部署となり、私の業務は大きく変わった。業務の一つとして 「ハラスメント研修」を任された。異動前まではまさに私が「受ける側」であったため、「会社でそんな ものをしてもどうせ意味がないだろう」と鼻で笑っていた。しかし、部署の先輩の「働きやすい職場作 り」というテーマの研修を見聞きしたり、普段のちょっとした話を聞いているうちに、私の気持ちは変 わっていった。先輩は「ハラスメントに該当するかを気にする以前に、ハラスメントに該当しないから といって、してはいけないことがたくさんある」と熱弁した。また、ただルールを説明するのではなく、 積極的に例を挙げ「なぜそれが起きたのか」、「どうするべきだったのか」といったことを参加者に発言 させ、積極的に考えさせる研修を行おうと試みていた。僕は先輩の姿勢に熱意を感じ、先輩を見習おうと強く感じるようになっていった。
最近私は中国に出張に行った。その目的は現地駐在員に対するハラスメント研修を行うためだった。異 動してすぐに、私は現地スタッフの1人から駐在員の悪評を聞いていた。彼女にヒアリングすると、「セ クハラをするひとがいる」、「みんなの前で下品な話をする人がいる」といった内容を伺った。加えて、一 部駐在員にも聞き取りを行うと、「セクハラどころか、そもそも挨拶やお礼を言わない人すらいる」、「女 性の前で性的な話を行うものがいる」、「少しアジア人軽視の感情があるのでは」といった話も耳に入っ た。私は現地スタッフの悩みや不満を裏切らないよう、前もってヒアリングした内容を踏まえ、数多くの 例題を準備し、ハラスメント研修を行った。駐在員は全員、私より社会人経験が長く、年齢も上であったが、「挨拶をする」といった当たり前のこと、また「思いやりを持つ」といった道徳的なことを伝えた。場の雰囲気は全体的に静かであったが、研修後はいささか動揺している駐在員もいた。楽しい研修では なかったと思うが、自身を振り返るきっかけとなり、記憶に残る研修ができたのではないかと個人的には思っている。
入社して以来、職場環境の悪い部署に配属され、ハラスメントを受け、毎日死んだ魚のような眼をし て働いていた。仕事の目標もなく、ただ言われたことしかやらず、やりがいのない社会人生活を送って いた。毎日が苦痛で、ただ会社に行くのが精いっぱいだった。しかし、現在は「職場環境を良くする」 ための仕事を行い、以前の私のような、苦しい思いをしている社員を救う業務をしている。過去の経験 を生かし、若手やベテランに関係なく、自分らしく働ける職場を作ることが、当面の私の目標・使命だ。