【 奨 励 賞 】
私は将来、どんな子でも笑顔にさせてあげて生きることの楽しさやすばらしさを教えてあげられるよ うな保育士になりたいと思う。
私は幼い頃から習字教室に通っていた。それは住宅街にあるごく一般的な教室だ。だが近所に0歳か ら5歳程の子供たちが大人の人と遊んでいる施設があった。当時の私は保育園だろうと思い、いつも笑 顔の子供たちを見るのが楽しみだった。天気の良い日には、みんなで一つの大きなカートに入って少し 大きい子は歩いて、保育士の人と一緒に散歩をしていた。その光景はとても可愛くて、微笑ましかった。おそらく私だけではなく、近所を散歩していた方や偶然すれ違った人もみな同様に笑顔を浮かべてその 様子を見守っていたのではないかと思う。
しかし私は中学生になり、習字教室を辞めることになった。したがってその子供たちを見ることも少 なくなり、保育園の存在もしだいに忘れていくようになった。私が保育士になりたいと思ったのはその 頃である。今となっては何故なりたいと思ったのかはあまりよく覚えていないが、おそらく小学校6年 の時に1年生の子と組んだペア活動が楽しかったからだろう。そんな時久々に近所の保育園の子供たち を見かけた。だが私はその施設の前を通った時に、前までに感じなかった違和感を覚えた。普通であれ ば保育園には遊具がたくさんあって色であふれていると思うが、そこは茶色のタイル張りの建物でよく 見ると保育園という看板がどこにも無いのだ。私は家に帰ってすぐにあの建物がいったい何の建物なの か母にたずねた。そこで私は生まれて初めて乳児院という言葉を知った。すぐには分からなかった私は 乳児院がどんな施設なのかを調べ驚愕した。そこに居る子供たちは普通の保育園・幼稚園児とは異なっ た厳しい環境に置かれた子供だったのだ。私の近所にあった浜松乳児院のサイトの入所理由にも、幼い 子供が直面するには辛すぎる理由が並んでいた。それと同時にその施設で働いている職員の方々に尊敬 の念を感じた。私を含めた近所の人全員が思わず嬉しくなってしまうような笑顔を取り戻したのはおそ らく職員さん達なのだろう。
私が将来どこで働くかはまだ分からないが、それが保育園であっても、乳児院であっても、どんな所 でも、一番見たいのは子供たちの笑顔だ。たくさんの人から保育士は大変だと言われたが、私は当時の 驚きや憤り、そして尊敬の念を、たくさん見ることができるであろう笑顔があれば頑張れる気がするの だ。これからも乳児院で働いていた職員の方々のような保育士になれるように努力し続けていきたいと 思う。