【 奨 励 賞 】
「どこからどう見ても立派な妊婦だ!」姿見に映った自分の全身を見て改めて思う。現在妊娠七カ月。鏡に映るぽっこり膨らんだお腹の女性は自分なのに、何だかまだ信じられないような不思議な気分だ。あと数カ月で、私はお母さんになる。三姉妹の末っ子、社会人、妻、そして母。私に4つ目の役割が増えるのだ。
22才で私は社会人になった。製造業の設計だ。新しい仕事を覚えるのは大変だが楽しくて、あっという 間に時間が経っていった。締め切りに追われながら、図面を描き、工場からの問い合わせに答える日々。
自分の図面が製品として形になっていく達成感は大きく、先輩たちとの残業も楽しかった。
そんな私に異変が起き始めたのは27歳頃だったと思う。集中できず、仕事の効率が落ちていく。現場 からの問い合わせ電話が怖い。体調の悪い日が増え休みがちになっていった。仕事が終わっていないの に、早く帰りたいと考えるばかり。私、我儘なんだろうか。仕事辞めた方がいいかな。自問自答を繰り返した
「一週間休んで。」
私の異変に気付いた上司が、静かにそう言った。最初の3日間はひたすら眠り、4日目から近くの河 原を散歩したり、図書館でぼーっとしたりして過ごした。そして7日目、上司と近所の喫茶店で話をし た。まずは、総務が紹介する心療内科を受診してみること、仕事は設計を効率化するシステム管理を担 当すること、スケジュールは自分で決めて上司に提出することを提案してもらった。その後、心療内科 に通いながら仕事を続けた。自分で仕事量を調整できるので心が楽になった。何より、会社が私の新し い居場所を作ってくれたことに感謝した。
29歳の時、結婚し県外に引っ越すことになった。今度こそ会社を辞めよう、と思った。しかし、上司は、最寄りの営業所で本社のパソコンを遠隔操作し今の仕事を続けることを提案してくれた。会社では初の試みだった。定時で帰宅し、夕飯を作り夫が干してくれた洗濯物を畳む。家族ができて、やること が増え面倒なこともあるが、仕事、プライベート、というメリハリができた。独身時代は、食べながら そのまま眠ってしまったり、逆に眠れずに夜明けを迎えてしまったりしていたので、かなりの成長だ。
1年後に妊娠した。妊娠初期は体調が悪く、仕事に行くだけでも辛かった。一度上司に
「辛くて明日は仕事に行けません。」
と夜遅くに半分泣きながら電話をしてしまった。
「分かった。お大事に。」
上司は静かに返事をした。私、仕事を続けられるかな。不安で胸がいっぱいになった。次の日はひた すら眠った。夕方頃にはすっきりして目が覚めた。後に同僚から聞いた話によると、上司は、森さんが 大変だ!とすごく心配していたらしい。有給でも休職でも何でもいいから、無理せず休んだら?と言っ てくれた。いつもクールな上司が心配している様子を想像して思わず笑ってしまった。そして、会社に 私の居場所はちゃんとあるんだ、と安心した。その後休んでしまうこともあったが、徐々に体調は落ち 着き、仕事ができるようになった。
ある日就寝しようとするとお腹に、ぴくぴく、という感覚があった。胎動だ。お母さんがリラックス している時に赤ちゃんがよく動くらしい。私の場合、寝る前と仕事中によく動く。つまり、仕事中もリ ラックスしている、ということだ。帰宅後は、早く寝るために短時間で家事をこなすことに必死なので、 気が張っているのかもしれない...。
今のところ育休を取得した後、仕事に復帰したいと考えている。総務に時短勤務について聞いたり、近 所の保育園情報を調べたり、ファミリーサポートに登録をしたりしている。
仕事に行き詰った時、結婚した時、妊娠した時、いつも会社と一緒に私なりの働き方を模索し続けてきた。お母さんになってもきっとできる。私の役割、やることが増えても、同時に私の仲間も増えるのだから。