【 奨 励 賞 】
当たり前の話をしよう。病院に行けば、適切な診療の下、高度な医療を受けることができる。私自身、 それが当然と思い生きて来た。
なので、病院に就職が決まった時も、さして不安はなかった。それどころか、人命にかかわる仕事だと、 使命感に燃えていたくらいだ。いつか、自分のおかげで助かったと言って貰えるよう仕事をする。それ が私の夢だった。
私は滅菌管理士をしている。簡単に言えば、医療に使う道具を綺麗にする仕事だ。病院に訪れる人は まず間違いなく、私が綺麗にしたなにかしらの道具の恩恵を受けている。その事実が私にやる気と充足 感を与えてくれると信じていた。
これもまた当たり前だが、仕事で見るべきは夢ではなく現実である。
そして、その現実とは往々にして厳しいものである。
カウントと洗浄、そして滅菌。それが、滅菌管理士の主な仕事だ。オペや外来診療で使用した器械を 数えて洗って滅菌し、それらをまた、病院全体へと払い出す。洗浄と滅菌はほとんど機械がやってくれ るので、洗浄機の温度や滅菌方法に注意しさえすれば問題ない。
問題はその他付随する細かな作業だ。オペで使用した器械は絶対に数を間違えられない。もし、使用 前より一つでも少なくなっていたら、遺残の可能性がある。患者の体内への置忘れだ。これが起きたら 最悪で、それこそ全国ニュースも夢じゃない。
もちろん他にもやることがある。汚れが残っていないかとか、パーツが破損していないかとか、滅菌 パックに穴が空いていないかとか......。これらは人の目でチェックされ、確実に安全・安心と判断され なくば、病院へ供給されることはない。
数百に及ぶ器械の一つ一つに目を凝らすのは大変だ。しかも、供給先はプロ中のプロである医師や看 護師であり、それが毎日続く。神経が磨り減る感覚がはっきりわかる。
まだ滅菌が終わらないのか。あの器械は今どこにある。次のオペに間に合わせろ。厳しい要求が毎日 のようにやってくる。断ることなどできるわけがない。それこそ、人命にかかわる。
危険も多い。患者の血液や便、肉や骨の欠片が付着した刃物もたくさんある。もし、それらを扱って いる最中、指でも差したら大変だ。感染症のリスクは計り知れない。それらを病院に代わって肩代わり するのも私たちの仕事だ。
いわゆる3Kというやつだ。キツイ・汚い・危険。
昔のように、仕事に夢を見なくなって久しい。自分のしている仕事なんて、所詮は病院の下請け。例 え自分がいなくなってもどこかの誰かが代わりを務め、ある程度はうまくやれるだろうという予感も ある。
仕事に夢を。そんなこと、できるわけがない。
医療の現場にあるのはどこまでも酷な現実だ。人命にかかわる仕事とは、そういうものだと私は学 んだ。
だから、私は仕事に夢は見ない。見るのは、はっきりとした目標だけだ。
人々が当たり前に医療を受けることができるように──つまり、『ミスを一つもしない』ようにする こと。
数を数え、洗浄・滅菌し、不備がないか確認する。数百種類の器械にある多種多様な点検項目を、一 つの漏れもないよう目を皿にして確認する。これを、私と同僚たちは毎日何時間も行っている。
幸い、これまでに大きな事故はない。これからもそうあり続ける確信がある。
それが、私の持つ、唯一にしてとても小さな誇りである。